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廃材に感謝を込めてアートに。新たな価値を生み出す━諏訪田製作所水沼樹氏

2021.04.30
By 井上あつこ

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Text by 井上あつこ
写真提供:諏訪田製作所, MONO TABI


「愛おしいもの」に囲まれて暮らす。

それが私たち家族の価値観であり、幸せを感じることができる瞬間だ。

使うもの一つひとつに、こだわりを持っている。
我が家に置いてあるもののほとんどは、私や夫が一目惚れをして購入したものだ。

家具、調理器具、毎日使う箸やお皿、コップ……洋服、靴や財布。

それぞれにすごく愛着をもって、大切に大切に使っている。

多少高くても、納得したものを長く使いたいのが、我が家の価値観。
大切に使うことでケアも怠らないし、使うたびに幸せな気持ちを感じられ、どんどん愛着がわいてくる。

仕事を頑張ろうというモチベーションにもなるのだから「愛おしいモノ」は不可欠な存在である。

そして「愛おしいモノ」を探すのが夫婦の喜びでもある。
大切に使いたいと思える「モノ」に出会う瞬間がとても好きなのだ。

最近、2年越しの想いを経て、我が家の「愛おしいモノ」に仲間入りしたものがある。

「諏訪田製作所」のつめ切りだ。

諏訪田製作所のつめ切り。全ての工程において職人の手仕上げにこだわり抜いたつめ切りは国内のみならず、海外からの評価も高い。(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

テレビで紹介されていた「諏訪田製作所」のつめ切りを見た瞬間、釘付けになった。

材料選びから仕上げまで、一貫した職人の手仕上げによって作られたつめ切り。

爪の形に沿うように緩やかにカーブした美しいフォルム。

いままでつめ切りにときめいたことがあっただろうか。

「使ってみたい」「手に入れたい」と思った初めてのつめ切りだった。

このつめ切りを手がける「諏訪田製作所」があるのは、江戸時代から鍛冶の盛んな街として発展した新潟県三条市。

1926年に釘の頭を切るための『喰切』と呼ばれる大工道具の製造により創業し、90年以上に渡り伝統的な技術を維持し、さらに進化させ続けている会社だ。

諏訪田製作所を調べるなかで、営業部の水沼さんという方にたどり着いた。

つめ切りや鋏(はさみ)を作る過程で出る廃材を使って、オブジェや『メタル盆栽』なるものを作っているという。

工場にあるギャラリーには、廃材でできたライオンなどのオブジェが並んでいる。(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

また諏訪田製作所で働きながら、燕三条地域の魅力をYouTubeで伝えている。

本当によいものを身近に感じている水沼さんだからこそできる発信と感じ、その価値観にすごく心が揺さぶられた。

「人は道具ができる過程を知ることで、道具に対して愛着がわき、人生が豊かになる」

そう話す水沼さん。使うモノに愛着をもって大切に使う私は、水沼さんの価値観について、もっと詳しく聞いてみたいと思った。

「これが答えだ」━諏訪田製作所で感じた仕事の魅力

━━諏訪田製作所のつめ切りを愛用させてもらっております。取材の機会をいただけてとても嬉しいです。さっそくですが、現在のお仕事や活動について教えていただけますか?

僕は東京の大学を卒業後、新卒で諏訪田製作所に就職しました。現在は営業部で働いています。生まれ育ちが山口県なので新潟県にはゆかりはなかったのですが、ある深いご縁でこの会社を知りました。

最初は大学時代に所属していたスキー部で、OBだった諏訪田製作所の小林社長と知り合いました。その後、大学のゼミで教授に連れられ、たまたま燕三条地域を訪れました。そこで再び諏訪田製作所を知ることになります。

当時の僕は失礼ながら、地方の工場は遅れているというイメージを持っていました。しかし初めて諏訪田製作所の工場を見たときの印象はまったくちがい、むしろ最先端の会社だと感じ、驚愕したのを覚えています。

諏訪田製作所の商品は、多くの職人さんの手を経て、心を込めて作られています。感動した僕は、大学生には大金ともいえる7,000円のつめ切りをその場ですぐ購入した思い出があります。

水沼樹(みずぬま・たつき)さん。1992年山口県生まれ。大学卒業後、諏訪田製作所に入社。社内レーベル SWD ART LAB(スワダアートラボ)プロデューサー。メタル盆栽キットの販売や、廃材を使った様々な新しいアート作品創作に挑戦。燕三条の工場の魅力を発信するYouTubeチャンネル「MONO TABI」を運営している。(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

━━諏訪田製作所の技術を肌で感じて、入社したいと思われたのですね。

その頃の僕は、大学卒業後の仕事について考え始めていました。社会とのつながりが実感できず、仕事に対するよいイメージを想像できずにいたんです。

働いている先輩たちがとても大変そうで「本当にその商品売りたいと思ってるのかな? 」などと、モヤモヤした何ともいえない違和感をもっていました。

そんなときに諏訪田製作所を見学した僕は、仕事に対する先入観や価値観がガラっと変わりました。

まさに「百聞は一見に如かず」ですね。

いい仕事をしているから、いいものができる。働くなら「いいものは、いい」とお伝えできる、お客様に嘘をつかない仕事がしたいと思いました。「人の役に立ちたい」と心の底から思ったんです。

これまでずっと感じていた違和感はこれだったんだと気づき、諏訪田製作所への入社を決意しました。

就職先は諏訪田製作所しか考えられなかったので、給料などの待遇も調べず、入社試験もここしか受けませんでした。いま考えるとすごいことですよね(笑)

(写真提供:株式会社諏訪田製作所)
(写真提供:株式会社諏訪田製作所)
「SUWADA OPEN FACTORY」として、予約不要・入場無料で工場見学が可能。90年以上受け継がれてきた職人の技術や想いを、間近に感じることができる。(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

━━水沼さんが感じている諏訪田製作所の魅力は何でしょうか?

僕は大きな会社にはあまり魅力を感じず、小さな会社で働きたいと思っていました。中小企業なら、イヤでも色んな業務を自分でやらないといけない。自分のしたいことが何でもできると考えていたからです。

小さな会社だからこそ、職人とお客様の距離が近い。それも魅力です。

職人は、嘘偽りや妥協が無く、想いを込めたモノづくりをしている現場を見てもらうことでお客様に喜んでいただき、評価してもらえる。お客様は、目の前の仕事に精一杯取り組む職人を間近に感じられるからこそ、価値を感じて買いたくなる。

職人と道具とお客様、みんなが喜んでいるシチュエーションを見て、すごく「美しいな」と感じたことが、いまも記憶に深く残っています。

━━お仕事で、忘れられない出来事などはありますか?

尊敬している職人さんとの大好きなエピソードがあります。

僕が入社1年目だった頃、英夫さんという83歳の職人さんがいました。15歳から職人をされていて、70年近くずっとつめ切りを作り続けている方です。

『BOSE』のヘッドホンでクラシックを聞きながら作業する、すごくかっこいい職人さん。

すぐに人の名前を憶えてくれて、僕のことを「たっちゃん」と呼んでかわいがってくれました。

僕はあるとき「70年も同じ仕事をどうして続けられるんですか? 飽きたりしないんですか?」と聞いたんです。だって、こんなに長く一つの仕事を続けられるなんてすごいことじゃないですか。

すると英夫さんは「これを見てみろ」と、一つのつめ切りを僕に見せてくれんたんです。70年近く前に英夫さんが作ったつめ切りでした。まだ15歳で仕事を始めたばかりの頃に作ったつめ切りが、会社に送られてきていたんです。「メンテナンスをしてほしい」って。

「子どもが里帰りしてきたみたいで嬉しい。15歳のときに作ったつめ切りを、いまの自分にできる最大のケアをして、さらに長く使ってもらえるようにしてお客様の元にお返しするんだ。こいつの方が長生きするけどな」

そう話してくれる英夫さんの話を聞いて、モノづくりの本質、素晴らしさを改めて感じることができました。

このお話を聞いた2年後に英夫さんは亡くなってしまったのですが、僕はこの言葉にとても影響を受けました。一生忘れない、大好きな職人さんの一人です。

(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

廃材に感謝を込めて。メタル盆栽開発に挑戦

━━水沼さんは『メタル盆栽』の開発者でもあります。その経緯を教えてください。

諏訪田製作所は50年前から盆栽鋏も作っているのですが、メディアや雑誌に取り上げられる際は「つめ切りの会社」として紹介されることがほとんどでした。

会社が創業90周年を迎えるにあたって「うちの会社はつめ切りだけじゃない」「盆栽鋏を作っている職人も凄いんですよ!」と多くの方に伝えたいと思ったんです。

そこで「SUWADA BONSAI WEEK!」という記念イベントを企画し、メインで目立つものを作りたいと考えました。そこで何にしようかメンバーで話し合っているときに、盆栽鋏の廃材を使った『メタル盆栽』を制作したら面白いんじゃないかと閃いたのがきっかけで開発に至りました。

(写真提供:株式会社諏訪田製作所)
(写真提供:株式会社諏訪田製作所)

うちの工場で盆栽鋏を作るとき、材料の中で3割が製品になり、7割は廃材となります。

いい物を作るために最高の部分だけを使うことの裏付けが7割の廃材であり、それをお客様に見てもらうことで、品質を確認してもらえます。

大事な材料ですし、捨ててしまう7割も必要な犠牲というわけなんですね。

捨てるといってもまた溶かして使うので、本当の意味での廃棄ではありません。弊社では職人たちに使われない材料への感謝を込めて、昔から廃材を使ったアート作品を作る文化があります。今回の企画でも、どうにかして盆栽鋏の廃材を活かせないかなと考えたんです。

「SUWADA BONSAI WEEK!」では盆栽鋏のほかに、本物の盆栽をお借りして展示しました。職人と盆栽園も多く回って、世界最高峰と呼ばれる盆栽士の方から勉強させていただく機会もいただきました。

盆栽ってすごく奥が深いんですよね。枝の配置やバランスで、全然ちがってくるんです。

いままで職人は「手の器用さ」が重要だと思っていたのですが、そうではありませんでした。本物に触れあって「本物」を理解しているからこそ、職人の手の動きが違ってくる。作る盆栽の迫力もちがってくる。僕にとって新しい発見でした。

「これでいいや」を「これが欲しい」に変えていく

━━色々な活動をされている水沼さんですが、お仕事をされる上で大切にされていることは何ですか?

モノを作るときって「これでいいや」という気持ちではダメだと思うんです。僕の仕事の根底にあるのは「自分が納得して初めて完成する」という想いです。

売る側の人間としていいモノを扱っている自負もあります。本物を扱っているからこそ、お客様に嘘を言ったり、よくない売り方をするのは納得できないんですよね。

うちは小さな会社だからこそ「これでいいや」ではなく、「これが欲しい」と選んで買ってくださるお客様を身近に感じられることがとても嬉しいですね。

━━素晴らしいですね。では、お仕事のやりがいについても聞かせていただけますか?

僕は色々なことを勉強して、何でも試したいタイプなんです。そんな働き方ができるのも中小企業の強みですよね。自分の働きたいように、ダイナミックに働けるのが楽しいです!

製造業は「世の中すべての仕事の根っこ」だと思うんです。広告業などはモノを作っている人がいて初めて、宣伝する商品が生まれますよね。僕たちはその「モノ」を作る一番最初のところにいるんです。

苦しい業界と言われることもありますが、根っこにいるからこそ、できることも多くあります。どんな風にでも枝葉を伸ばすことができるし、こんな風になりたいと想像したようになれるんです。 

それが僕にとってすごく面白いし、仕事のやりがいを感じていますね。

━━これから水沼さんが挑戦したいと思われることは何ですか?

挑戦したいことは2つあります。

1つは、職人との良い環境づくりへの挑戦です。僕は職人ではないですし、人を感動させたり唸らせるモノを作りあげることはできません。

だからこそ「縁の下の力持ち」として支えていけたらと思っています。

関わってくれている職人たちに「みんなの仕事は世の中の役に立つことだし、ありがとうって言ってもらえる素晴らしい仕事なんだよ」と、もっと多くの人に感じてもらえる環境づくりをしていきたいですね。

2つめは、クリエイティブへの挑戦。

職人のようにモノを作ることはできなくても、クリエイティブな現場の近くで、どんどんクリエイティブなことに挑戦していきたいですね。

━━これだけは守っていきたいと思われる部分は何でしょうか?

「真面目に向き合っているからこそ、お客様が満足してくださる」ということを忘れないことです。絶対に大事なことなのでこのコアは外せません。

守りたいことはもう一つあります。

「道具と人間を切り離さない」ということです。

「大切に作っています」「こんな苦労があります」という想いを伝えることも大切ですが、道具は人が使うものですよね。

使う人にとって「いいモノ」って何だろう? ということを置いてきぼりにはできないなと考え「あなたの持っている “いいモノ” を教えてください」とインタビューし、YouTubeで配信しています。

人によって「いいモノ」の定義はちがいますし、その人の体験や生活、思考、生き方が「いいモノ」に反映されていると思っています。

作り手にとっても、使い手にとっても、その先にいる人のことを改めて考えるきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。

水沼さんが運営するYouTubeチャンネル「MONO TABI」でのひとコマ。(写真提供:MONO TABI)

━━現段階で水沼さんの感じる「いいモノ」とは、どんなものですか?

「気づきを与えてくれるもの」ですね。

大切なのは道具そのものより、道具と人が交わったとき、何が生まれるのか。それを「気づき」という言葉で表現しています。

たとえばその道具を使うことで、頑張ろうと思えたり、背筋を伸ばそうと感じることができる。前向きな気持ちになれるものが、その人にとって「いいモノ」なんじゃないかなと思っています。

クリエイティブな街━燕三条地域のこれから

━━燕三条地域は、クリエイティブな若い方が多くいらっしゃるイメージです。今後、どのような地域になっていくと思いますか?

そうですね。「ここが面白いから来た」と、モノづくりなどに関心を示して移住して来られた方はすごく多いです。

地域の製造業の価値を伝えたい、ここをモノづくりの聖地にしたい、と皆さん協力し合って活動しています。いまは会社ごとに動いていますが、これからは会社の枠を超えて、プロジェクトや想いでつながって動いていくんじゃないかなと思っています。

プロジェクトがたくさん生まれて、それぞれのカラーが混ざり合って、地域のカラーができていく。そんな地域になるのが理想ですね。

(写真提供:MONO TABI)

━━燕三条地域における消費の未来については、どうお考えですか?

消費はこれから考えるべきテーマですよね。いまの日本で多くの人は物理的には満ち足りた生活をしています。

そのなかで「便利」「早い」「機能性が高い」などの基準だけで商品を選ぶのではなく、モノの価値で選ぶ人が増えたらと思っています。

だから僕たちも、

  • 自分自身の仕事をどう捉えるか?
  • 何を想ってつめ切りを販売するのか?
  • 職人がどんな想いで作っているのか?

ということを大事にしていくべきだなと感じています。

僕の大好きな言葉に「世の中の誰もが、誰かの荷を軽くしている」というものがあります。まさにこれだなと思っていて。

困っている人や、生活に安らぎを求めている人に対して、うちの会社の「美しくずっと長く使えるつめ切り」を使っていただくことで、人生に少しでも豊かさを感じてもらえるモノづくりをしています。

人の消費を変えることはなかなかできないですけど、相手のことを想って作ったものを買ってくれる人に「僕たちが思いやりを持って作ったよ」と、少しずつでも説明してお伝えしていくことですね。

僕たちにできることはそれだけです。

いましていることと、本質は変わらないはずです。

━━最後に、100年後の諏訪田製作所はどのような会社になっているとお考えですか?

どんな会社になっていくかをイメージするのは難しいですね……。燕三条地域は、これからもっと品質や機能以上の価値を求めて、喜びや楽しさを求めるお客様が集まる地域になってほしいなと僕自身は思っています。

「一つひとつの仕事が積み重なって、文化になる」

どんな文化かというと「作り手と使い手が限りなく近く、お互いに感謝とリスペクトを持っている文化」。ここに来ると一生を添い遂げたくなるような道具と出会える街になってほしいです。

人⇔モノ⇔人のコミュニケーションができることって素晴らしいことだと思います。

だからこそ僕は、使い手さんがどういうものに対して”いいモノ”と感じているかを調べて、俯瞰的な目線で「いいモノとは何か?」を多くの方にお伝えしていきたいです。

この世界にいると有り難いことに「職人さんはすごい」と作り手に注目していただけることが多いです。作り手はそれに応えるためにも使い手のことを考えて、思いを馳せ続けなければいけないと思います。

お客様のお役に立てるよう努力を続けながら、自らの仕事についても伝えていくことが大切です。

多くの方が道具のできあがる過程を知ることで、道具に対してより愛着がわき、結果として人生が豊かになるのではと考えています。

僕が想像するのは、そんな未来です。

株式会社諏訪田製作所

https://www.suwada.co.jp/

世界有数の刃物産地、新潟県三条市に大正15年に創業。初代小林祝三郎が関東大震災(1923年)後の住宅復興需要に合わせ大工職人の為に「喰切」を製造したのが始まりです。刃物の中でも、喰切型つまり両側の刃がぴったりと合わさって対象を切るという刃物に特化し、材料吟味から完成まで一貫した丁寧な製造にこだわります。良い材料、良い職人が揃うこの地で、諏訪田製作所は伝統的な技術を維持し、さらに進化させ続けています。
 

Writer

井上あつこ

「子どもたちを中心に共に楽しみ学べる心地よい居場所を創る」をモットーに多方面で活動。また「親子で備える防災」を推奨し備蓄収納アドバイザーとして防災に関する講座も開催。Solénaでは「愛着を持って長く付き合っていけるモノ」をテーマに取材・執筆活動を行う。"子どもの可能性を伸ばす住育の家"にて、3人の子育て真っ最中。

Editor

大崎博之

Photographer

写真提供

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