伝え手

新しいかたちで“ずっとそばにある”お茶を届け続ける-美濃加茂茶舗-

2021.01.4
By 真野 紗矢香

2021.01.4
By 真野 紗矢香

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写真提供:株式会社茶淹
Text by 真野紗矢香


あたり前すぎて気づかなかった。身近なものほど、心を惹きつけられるような、よさやおもしろみがあることを知らず、わかったつもりになっている。

もしかすると、本当は何も知らないまま、知ったつもりのモノやコトに囲まれて、あっさりと流れていく時を過ごしているのかもしれない。

お茶はあまりにも身近すぎる存在だった。

子どもの頃、通っていた幼稚園はちょっと珍しくて「お茶のお稽古の時間」があった。

きっといろんな意図があって、幼稚園で取り入れられていたのだと思うけれど、子どもの頃の私はお茶のことよりも「おいしいお菓子が食べられる時間」として楽しみにしていた。

お菓子を楽しみにしていた思い出と一緒にくっついているのがお茶の存在だった。

学生のときは部活の休憩時間や体育の授業が終わった後、喉が渇いて飲んでいたのは、冷たいペットボトルのお茶。水だと物足りなくて、お茶を好んで飲んでいた。

社会人になってからのデスクワークでは、疲れてお茶を汲みに席を立つのが日課となった。給湯器でお茶を淹れつつ、偶然居合わせた人と会話をしながら束の間の休息を取る。休憩時間にお茶はつきものだった。

好きとか嫌いとか関係なく、お茶はいつもさりげなく日常のなかにあったけれど、日々過ごすなかで、お茶との思い出は、記憶の片隅へさらりと流れていった。

そうかと思えば、不意に「このお茶、すごい好き」と心にじわっと、優しいあと味をつけるような、お茶に巡り合うことだってある。

たとえば、食事を済ませた後に出てくるあったかいお茶は、お腹を満たせた満足感に「ごちそうさまでした」という切り替えの気持ちが合わさって、心に落ち着きを与えてくれる。

「みなさんが思っている以上に、お茶のフィールドは大きい。」

美濃加茂茶舗の伊藤尚哉さんのその言葉で、お茶とともにあったこれまでの暮らしが思い出されていった。

私はお茶を知ったつもりになっていた。でも、本当は何も知らなかった。

知らなかったけれど、お茶は知らない間に心と時間を満たしてくれるものだった。さりげなくも、大きく日常に入り込んでいるお茶の存在に初めて気づいた。

華やかでも、賑やかでもない。素朴で静かながら、このひとときを、ゆっくりじっくりと味わい、自分と向き合うからこそ得られる心地よさ。

心の奥底で求めていた「たしかな豊かさ」は、日常に埋もれてしまっているだけで、お茶の時間はそんな豊かさを取り戻してくれる。

私には、まだまだお茶を通して感じ得る知らない世界があるようだ。お茶の伝え手である伊藤さんが見つめる、お茶の可能性とはどんなものなのか。

知らなかったお茶の魅力。おいしいだけじゃない。お茶を淹れる、ほんの数分が自分を取り戻す大切な時間になる

──私はお茶が好きで日頃からよく飲むのですが、あまりに身近なためお茶の魅力について深く考えたことがありませんでした。伊藤さんが感じるお茶の魅力について、改めてお聞きしたいです。

魅力は2つ感じています。僕はまったく知らないところから、20代半ばでお茶屋さんに入社したことをきっかけにお茶が好きになりました。それまでは、ペットボトルのお茶しか飲んだことがなかったのですが、仕事として色々なお茶を飲みました。

コーヒーだと苦いものやフルーティーなもの、酸味のあるものを飲み比べた経験がある人もいると思いますが、お茶にも製法や品種によって、それくらいの違いがあります。

お茶屋さんで働いたことで、初めてそういう感覚を体験して、お茶には一生かかってもわからないくらいの奥深さがあると思いました。いまだに「何、このお茶?!」と感じるようなお茶と出会うこともありますし、尽きることのない魅力を日々感じています。

伊藤尚哉(いとう・なおや)さん。急須で淹れたお茶の美味しさや奥深さに魅了され、営業職から未経験のお茶屋さんへ転職。その後、日本茶インストラクターの資格を取得。2019年2月IDENTITY社と共同で美濃加茂茶舗を立ち上げる。2020年4月、株式会社茶淹(ちゃえん)を設立。まだ見ぬ日本茶の可能性を開拓し、魅力を広く伝えている。(写真提供:株式会社茶淹)

もうひとつのお茶の魅力は、お茶を淹れるという行為、お茶を飲む時間そのものです。

今後僕たちは、いつでもどこでも、仕事ができる環境が整えば整うほど、分刻みでスケジュールが組めてしまいます。

だからこそ、5分や10分、自分のために回復する時間というか、リセットする時間が重要になってくると思います。僕たちはそれを「小休止の時間」と呼んでいます。

──休むことに対して罪悪感を持つ人も多いと思いますが「小休止」の「小」がつくとちょっと心が軽くなりますね。伊藤さんご自身がお茶で「小休止」を生活に取り入れられたとき、なにか変化はありましたか。

昼寝だと「え、休むの?」と気が引けますが、「お茶を淹れてきますね」であれば言い訳になるんです。僕の場合は、お茶を突き詰めた後にお茶屋さんになったわけではなく、お茶屋さんに入ってからお茶が好きになったので「お茶を淹れるのも勉強なんですよね」と、言い訳ができました(笑)

実際にお茶を淹れて飲む行為自体、すごいほっこりしますし、リラックスできる。こういう体験は、今までの僕の人生では全然ありませんでした。

小学校の頃から高校卒業までずっと部活でサッカーをやっていたので、平日は学校にいって土日は試合。そこに休みはありませんでした。社会人になってすぐに就職した会社でも忙しく働いていて、止まっている時間があまりない環境でした。

それがお茶屋さんに就職してからは、お茶を淹れること(休むこと)が僕の場合、仕事になる。すごく新鮮な体験でした。お茶を淹れることが習慣化されていくと、休む時間は身体の調子を整える、“チューニングができる時間” になると気づきました。お茶を通して自分の今の状態をはかることができるんです。

たとえば、朝食の時間にお茶を淹れて「ちょっと違うな…」「失敗したな…」と感じるとしたら。たいていは、心に余裕がないときなんです。飲み終わった後も「今どんな味だっけ?」と味わえていない場合、意識が今ではなく他の場所に向いている証拠です。

──そう言えば、私はお茶を淹れる音が好きでした。音を聞いていると、心が落ち着きます。

これは、お茶を淹れて飲む習慣で得られた気づきだと思います。このように自分自身と対話をする行為は、お茶がなくてもできることだと僕は思っていて。

本を読む人だったら、今日はすごく読み進められて頭に入ってくるけど、忙殺されているときは読み進めているわりに頭に入ってこないとか。体感としてあったりする。僕の場合は、それがお茶でした。

暮らしとともにある日本茶を。美濃加茂茶舗が提案したいこと

クラウドファンディングで販売した湯飲み『CHAPTER(チャプター)』(写真提供:株式会社茶淹)

──お茶を淹れる器と一緒にお茶を販売されているところに、私は新しさや珍しさを感じました。美濃加茂茶舗さんは、どんな人にどんなお茶を届けておられるのですか?

そうですね。湯のみ『CHAPTER(チャプター)』は、リモートワークで移動が減った方や、デスクワーク中心でメリハリがつきにくい方に、いい「一区切り」の習慣を提供したいという想いがありました。

手軽で本格的なお茶を、ビジネスシーンでも楽しんでいただけるプロダクトです。

デスクワークだと、茶葉でお茶を淹れるのはけっこうなストレスになります。そのストレスを解消するために『CHAPTER(チャプター)』で飲むお茶はティーバッグを推奨しています。

湯のみとは思えない見た目は、プロダクトデザイナーと一緒に考えて、和にも洋にも、どんな空間にも馴染むミニマルなデザインに仕上げました。

(写真提供:株式会社茶淹)

あとは、夏限定ですが水出し用のティーバッグを販売していました。ボトルにティーバッグを入れて水を注ぎ、10秒〜15秒くらい振ると、本格的なお茶を飲むことができます。水を注いで振るだけなので、正直、お茶を淹れるプロがやっても、お茶を淹れたことがない人がやっても、同じ味になるんです。

忙しい時はボトルに水を入れてティーバッグをポイっと入れて、蓋を閉めるだけ。そのままカバンに入れて持ち歩けて、外にいる時にはできたてが飲める状態になっています。これは主婦の方が結構リピートしてくださいましたね。

──「暮らしに自然と溶け込む日本茶のある暮らし」を提案する日本茶ブランドとして美濃加茂茶舗さんは立ち上がったということですが、日本茶のある暮らしとはどんな暮らしのことでしょうか。

立ち上げ当初は「新しい日本茶のある暮らし」という言い方をしていました。これは僕がもともとお茶屋さんに勤めていた頃に感じていたことが原体験としてあります。やはり若い人で、急須を使ってお茶を淹れる人はごくわずかです。よっぽどお茶好きな人でないと、なかなか難しいと感じました。

そもそも、急須はサイズが大きいですよね。一般的なものは小さくてもお茶2、3人分です。だから、一人だと飲みきれずにお茶が残ってしまう。すると冷めてしまい、美味しく飲めなくなってしまいます。

最近は一人用の小ぶりな急須が出ていますが、もともと、急須でお茶を楽しむシーンは、家族みんなとの食事のとき。ちゃぶ台の上に急須がどんっと置いてあるのを、家族みんなで囲んでいる場面なんです。

今は、同じ時間にみんなで同じテレビを見て、同じ食卓を囲んで、同じものを食べて、という過ごし方が少なくなってきています。そのような場面がまったくないわけではありませんが、急須でお茶を飲むシーンが減っている一つの原因だと思います。

先ほどお話した『CHAPTER(チャプター)』は、一人用のデスクワークのお供としてつくりました。こういったプロダクトで、「現代の暮らしに自然と溶け込む日本茶」の提案をしています。

今後は時代とともに変化する暮らしに合わせて、新たな日本茶のある暮らしをデザインしていきたいですね。まだまだできていないことも多いですが『CHAPTER(チャプター)』は初めてかたちにできたものの一つです。

(写真提供:株式会社茶淹)

──現代にあったかたちにしてお茶を届けるということですね。今は一人暮らしの方も多いですし、個人個人が自分と向き合う時間も増えているように思います。そういったときに寄り添うかたちでお茶があることは、とても素敵だなと感じました。

価値観も多様化するなか、自分のタイミングで自分にとっていいものを主体的に選んで取り入れるのが、これからの豊かさなのかなと。

自分にとって楽しめるものを選ぶことは、自分にとっての小休止をつくることにつながっていくと思います。そこに対してお茶ができることを『CHAPTER(チャプター)』などのプロダクトを通して提案していきたいですね。

「ちゃんと淹れたら、ちゃんと伝わる」価値を持たせる伝え手がお茶業界を変える

──話は変わりますが、お茶のお仕事を始められたときに、周囲の反応が良くなかったと聞きました。それでも、こうしてお茶の仕事を続けてこられたのはなぜでしょうか。伊藤さんのお話は、周りに反対されながらもチャレンジをしている、同じような境遇にいる人の励みになるのでは、と考えています。

嗜好品として楽しむお茶が産業的に厳しい状況にあるなかで「先がない業界だよ」と反対されたこともありました。ただ僕の性格上、難しいチャレンジなほどテンションがあがるんです(笑)

ただそれ以上に「お茶の力」を感じられたから続けることができたと思っていて。

僕がお茶のことを勉強して、ある程度上手にお茶を淹れられるようになった頃、同世代の人たちにお茶を淹れてあげたら、みんなめちゃくちゃおいしいと言ってくれたんです。

もし、おいしいと言ってもらえる確率が低かったら、こうして続けていくことはなかったかもしれません。

目の前でお茶を淹れたら、しっかりとよさが伝わった。伝え方の工夫や努力の量、本当にそれだけなんだなと。「一工夫加えることで、伝えられる量や質は変わってくる」。これが仕事を続けていく上での希望になりました。

個人で独立してお茶の仕事をやっていこうと思ったのは、茶師の田口雅士さんの存在が大きかったです。まだ若いプレーヤーですが、お茶を作る能力に関しては日本トップクラスの実力を持った人です。

情熱があり、価値観も一致した、ある種パートナーみたいな人が一緒に並走してやってくれたことが、すごく心強かったです。

お茶のよさがしっかりと伝わる実感が持てていて、作り手とのつながりもあった。チャレンジできる環境が整っていたからこそ、続けられたのだと思います。

写真左/茶師の田口雅士さん(写真提供:株式会社茶淹)

──伝え方をひとつ変えるだけで、周りの反応が全然違ってくることを実感されたのが大きかったのですね。

よさを知っているからこそ、知っている人が伝えなきゃいけないですし、伝えるだけではなく、それに「価値を持たせないといけない」。強くそう考えています。

やはり作り手は、作るのが仕事であるからこそ、精度の高いものができあがります。作ることと伝えること、商売を同時にやっていたら、おそらくここまで精度は上がっていなかったと思います。

日本茶は、総じてレベルが高いのですが、価値を持たせて伝えていく点で課題があります。お茶業界もその課題には気づいているものの「お茶を淹れましょう」「健康にいいですよ」というアプローチに終始してしまっている現状があります。

プロダクトやサービスを通じて提案していくことは、これまでに成功事例があまりなく、非常に難しい挑戦です。価値を持たせてやっていきたいですね。

誰もが求めている“本質的な豊かさ”を実感できるお茶。だからこそ、できることはまだまだある

──最後の質問になりますが、先ほど「価値を持たせる」という発言がありました。具体的にはどのように価値を持たせ、お茶の文化を絶やさないようにしていくのか。伊藤さんご自身の展望も含めて教えてください。

お茶がただおいしいだけのものであれば、淹れる必要もないと思っています。最近だと、特殊な製法で抽出したワインボトルに入った非常に高いお茶があるのですが、高いものだと、1本50~60万ほどします。

海外でも買われていたり、サミット用に振舞われたりして、完全にラグジュアリーブランドとして売られています。

市場を押し上げる意味でお茶業界にとって大切な試みだと思います。一方で、お茶を通して得られる体験は、おいしさだけではないので、僕たちは「淹れる」ところも大切にしています。

自分自身がお茶を淹れることが習慣化することにより、すごく心が豊かになったんですよね。数値とかでは測れない部分ではありますが。

今一緒に事業をやっているメンバーも、そういった目には見えない豊かさに共感できる部分があるようです。それは、僕たちが何か特別な感覚を持ち合わせていたのではなく、おそらく、多くの人が潜在的に求めている部分なのだと思います。

だからこそ、お茶が活躍できるフィールドはとても広いと僕は思っていて、提案できる要素もたくさんあると可能性を感じています。

「こういうかたちで、こういうシーンで淹れるといいですよ」というのは、プロダクトを作れば解決できる部分もある。だから『CHAPTER(チャプター)』をつくりました。今後も、そういったプロダクトをどんどん増やしていきたいです。

(写真提供:株式会社茶淹)

あと、話は逸れるのですが、僕の住む名古屋は喫茶店文化がものすごく強いんです。モーニング発祥の地だったりします。コーヒーを一杯頼むと「ランチか?!」というくらい、朝からお腹いっぱいになる食事がついてきます。

コーヒー文化、喫茶文化が根強い地域なのでお茶ブランドは入っていけないんです。「喫茶店でお茶なんて淹れて飲むものじゃない」と思われてしまっている以上、参入の余地がありません。

ですが全国を見渡せば、たとえば東京のティースタンドでは、もともとブルーボトルのバリスタがお茶業界に転身した事例もあるんです。ということは、バリスタの感覚でお茶を淹れることができたら、普段コーヒーを飲んでいる人も「たまにはお茶もいいじゃん」と思ってもらえるのではと考えています。

喫茶店などへお茶の話をしにいくと「お茶を使いたい」とみなさんよく言ってくださるんです。ただ、お茶の選び方がわからなくて、やめているお店が多い。

そこに対してある程度僕は知識があるので、ちゃんとした提案ができる。ほうじ茶ラテに合うお茶はこちらですよ、コーヒーを淹れる器具を使ってお茶も淹れられますよ、など。

淹れることに特化したバリスタさんは、やっぱり温度管理などの調節がめちゃくちゃうまいんですよ。こだわりを持っていて、最後の一滴まで絞り出したり、器をちゃんと温めてから淹れたり。お茶の淹れ方に配慮があるプロの淹れ方になるんです。

なので、喫茶店文化の地域であってもコーヒーのプロだからこそ、お茶の魅力を引き出せることができると、お店に提案しています。お茶を提供することでサービスに付加価値がつくと僕は考えています。

これはコンサルティング的な提案になるのですが、すごく手応えを感じてやっています。

ゆくゆくはそういうお店をどんどん増やしていきたいです。スタバでコーヒーを飲むような感覚で、ちゃんと嗜好品として楽しめるお茶を提供する。これだけ喫茶文化が強い名古屋で広げていけたら、世界中どこへいっても提案できるなと思うんです。

今では、カフェに行ったら、パソコンで仕事をする人も多く、外での仕事が当たり前になっています。現代の働くシーンの一つでもありますよね。今後もそこにちゃんとお茶を訴求していきたいと思っています。

株式会社 茶淹

https://mchaho.com/

美濃加茂茶舗は、美濃地方に残る茶葉と器の文化から生まれた新しい日本茶ブランド。 栽培限界とされる標高600mの地で、朝夕の寒暖差が激しい自然を生き抜いた格別の香りと山の風味の茶葉を全国に届けています。 一生懸命毎日を生きる誰かが、ちょっと休んでまた頑張れるように。現代人がオンとオフを使い分けられる道具としての日本茶を提案しています。
 

Writer

真野紗矢香

人の感性に興味があり、作る人、伝える人、消費者、社会に新たな循環を生み出すをテーマに研究。パラレルキャリアにも関心を持ち、会社員の活動と並行して非営利団体などのコミュニティ活動にも参加。より充実した人生、生き方、働き方のヒントになるような情報発信をテーマに取材・執筆活動も行う。

Editor

大崎博之

Photographer

写真提供

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