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株式会社和える-aeru-代表の矢島里佳さんが語る20年後の未来

2021.01.4
By 大崎 博之

2021.01.4
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写真提供:株式会社和える
Text by 大崎博之


あの日のできごとは、心象風景のような記憶で残っている。

頭のなかにモヤがかかったような感覚でふらふらと街を歩いていると、突然この本屋に入ってみようと思った。

東京丸の内にある大型書店。「あ、あそこね。」と、わかる人はすぐにわかるような有名な場所。1階フロアを歩いていると、一冊の本が目に留まった。

「日本の宝物になんで大人たちは気づかないんだろう」

本の帯に書かれたそのフレーズに、きっとなにかを感じたのだと思う。でも残念ながら思い出せない。

その代わり「ゆっくりと、ていねいに読まなくてはいけない類の本だ」と直感が告げたことだけは覚えている。

その頃の私は少し疲れていた。2015年に独立し、小さなビジネスながら売上をどんどん伸ばしていこうと躍起になり、2年が経過する頃だったと思う。

「なんでお金を稼ぐことに一生懸命になっているんだろう……?」

その日はたまたま仕事で地方から東京に出ていた。運命的な出会いとなった本を片手に、帰りの高速バスに乗り込む。

思ったとおり、その本は私にやさしく語りかけてくれた。

2020年10月28日。

目の前に登場した矢島里佳さんの言葉は、美しかった。

敬語の使い方が、というわけではなく。伝えるとはどういうことかを知っている人の話し方だと思った。本から受けた印象そのものだった。

『和える-aeru-伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』

そう。これがあの日に出会った本のタイトルだ。そして私はこの日、著者であるご本人を前にインタビューをしていた。

すでにテレビやWebメディアなど、数々の媒体に取り上げられているので、ご存じの方も多いと思う。でも改めて紹介させていただきたい。

2011年3月16日創業。「日本の伝統を次世代につなぐ」をテーマに、これまで “0歳からの伝統ブランドaeru”や “aeru room”など、10種類以上の事業を展開。

東京の目黒、そして京都の五条にも直営店を構えていて、私も一度お店を伺ったことがある。「和える君のおうち」「和える君のおじいちゃん・おばあちゃんのお家」と、コンセプトを掲げている。

東京直営店「aeru meguro」(写真提供:株式会社和える)
京都直営店「aeru gojo」(写真提供:株式会社和える)

2017年には『APEC BEST Award2017』にて大賞、そしてBest Social Impact賞の二冠を達成。21のAPEC加盟国から1名ずつ選出される、国の代表起業家によるプレゼンイベントだ。

数え上げたらきりがないほどの実績だが、これらの活動の根底には、矢島里佳さんが大切にしている3つのことがあるという。

「日本の伝統を次世代につなぐこと」
「文化と経済が両輪で育まれていること」
「三方良し以上であること(※売り手、買い手、世間の三方に加え、自然などにも配慮するビジネスモデルを指す)」

これらのフレーズを聞いて、納得する私がいた。

初めて「和えるの本」に触れたとき、自分は社会とどうつながっていたいのか、これからの時代に経済をどう捉えたらいいのか、迷い悩んでいた。

そして、そのすべての答えが本のなかに隠されていたのだ。

どんな想いで、どんな世界観で、矢島里佳さんは、そして株式会社和えるは、これからの未来を見据えているのか。

文化へ再投資するという考え方

(写真提供:株式会社和える)

──以前、aeru meguro で『こぼしにくい器』を購入させていただきました。木製のもので、私はどの木目にしようかと20分近く悩んでしまったのですが、スタッフの方がとても親切で驚きました。

嬉しいです。お店にお越しくださったお客様とは、一期一会を楽しませていただいております。

木目のちがいに気づいてくださることが、器が器ではなく、木が木ではなく、一つひとつが生きているということの気づきになる。

それは、私自身が職人さんから教わった豊かさなんですよね。それを社員のみんなもまた感じてくれているのだと思います。

「こうしなさい」と私から言ったことはなく、自然と受け継がれています。

矢島里佳(やじま・りか)さん。1988年東京都生まれ。19歳の頃から全国を回り始め、伝統文化・産業の現場を取材。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、慶應義塾大学に在籍中に「和える」を創業。内閣官房「ふるさとづくり実践活動チーム」委員なども務める。(写真提供:株式会社和える)

──自然と受け継がれるような、工夫があるのでしょうか。

長い人生を豊かにしていくには、若いときに自分へ投資をして、さまざまな経験や色々な価値観に触れることが大切だと思っています。

私はいま32歳なのですが、自分のために投資をしてきてすごくよかったなと振り返って思います。だからこそ30代以降を、文化的にも、暮し手としても、感性の豊かさをもって過ごせる。そういう感覚です。

これは会社での経験でも同じです。

社員やスタッフへの教育投資をすることが大事だと考えていまして、それが結果として「和える君」の経済を豊かにしてくれる。

瀬戸焼の職人さんの工房にて(写真提供:株式会社和える)

職人さんの現場にも行き、審美眼を磨き、文化と経済を両輪で育む本質的な意義をわかった子たちが世界で活躍する。

日本の伝統を次世代につなぐという理念を目指すには、最初に投資をしないとできないと思うんです。

──経済的な利便性を求めるゆえに、本来必要な教育への投資が後回しになるケースは多い気がします。

モノを知らない人がいくら売ろうとしても売れない。その結果、放っておいても売れるモノしか売れなくなりました。

すると、無難な価格のモノしか取り扱われなくなり、本当にいいモノは、やがて作られることもなくなってしまうのではないでしょうか。

ただモノを売る時代は、本当はもう終焉を迎えたと感じています。

だからこそ、モノの背景、つまり文化や想い、そういったところにしっかりと経験や知識があり、想像力をもってお客様にプロとしてお伝えしていく必要があるということです。

心豊かな人を育むことが、つまるところ持続可能な「足るを知る経済」の実現には必要だと思っています。

──放っておいても売れるモノと、本当にいいモノが対比になっているところが興味深いです。これまで価値があるとされてきたものは、あくまで大量消費社会の文脈に沿った上で、と。

文化がスタートで、その先に経済がある。これが私の考えです。

人類と呼ばれる私たちの祖先が生まれたときから、踊りや歌など、表現する文化があり、そこに経済はまだなかった。ということは、経済よりも先に文化が生まれたのだと思います。

たとえば、日本人が着物を日常で着なくなってずいぶんと経ちます。なぜかというと、子どもたちが着物姿の大人をみる機会が著しく失われたからです。

当たり前の話ですが、楽しむ大人をみたことがなければ、子どもたちはその楽しさを知らないので、そこに対して経済的投資をする大人にはなりえないと思うんです。

文化を楽しむ大人の背中をみて子どもたちも文化を楽しみ、それが次第に経済へとつながっていくのです。

京都直営店「aeru gojo」にて(写真提供:株式会社和える)

──お酒の文化にも同じことが言えそうです。

上の世代の方々からお話を伺うと、以前は先輩たちがおいしいお酒の、本当に品のある飲み方や、Barでのふるまいを教えてくださったといいます。文化を楽しむ大人たちの背中が、次世代に文化を伝えてきたわけですね。

様々なところで、同じことを繰り返している気がしています。

──需要が失われた……。いや、求めるものが変わったのでしょうか?

ひとつには、お金を稼ぐことに一生懸命になりすぎて、稼いだお金を次世代のために使うという「本質」をしばらく忘れてしまった時代が長かったのではないでしょうか。

いいものを買わなくても、工業製品の安い代替品がたくさんありますので、暮らすということに関しては困りません。お金を使わずに最低限の暮らしをして、残りは貯蓄でため込んでしまう。

貯蓄が美徳になり、文化にお金を投資しなくなったように感じています。

三方良し以上が作り出される源泉

──職人さんが「aeruオリジナル商品」を作り、それを和えるさんがすべて買い取り、責任をもってお客様に届ける三方良しのビジネス。これには衝撃を受けました。当時、資本金が150万円でしたよね。

ビジネスコンテストの優秀賞でいただいた150万円が創業資金でしたね。

なぜ職人さんに作っていただいた商品をすべて買い取ったのかというと、和える君がほしくて製作をお願いしたものだったからです。それを和える君が買わなくして誰が買うんだろうと。だから、自然とそうしようと思いました。

モノを贈るのではなく、日本を贈るという習慣を生み出し、自分の国に愛着や誇りを持てるような文化を広げるという「覚悟」の意味もありました。

事業を継続する上でも、在庫をすべて買い取るという決断が、今の和える君を育んでくれたのかもしれません。

『徳島県から 本藍染の 出産祝いセット』(写真提供:株式会社和える)

──「aeru room」のビジネスモデルを初めて知ったときにも驚きました。てっきり、ホテルの一室を日本の伝統のものでプロデュースするだけかと…。

日本各地にあるホテルや旅館の一室を、伝統産業の職人さんと一緒に特別な空間へと設え(しつらえ)る事業ですが、作って終わりにしないための先行投資のかたちをとっています。

これまでに、長崎・姫路・奈良に開業しており、2020年の10月には4部屋が京都に誕生し、合計7つの「aeru room」が完成しています。

その仕組みのどれもが、お部屋にお客様が泊まり始めてから、ロイヤリティとしてお支払いをいただく流れです。

利益が出るのに時間がかかるため、創業直後ではできないビジネスモデルでした。その後、想いを同じくするホテルのオーナーさんとの出会いがきっかけとなり、2015年から始めることができました。

“aeru room” 第二話 姫路〜明珍火箸 瞑想の間〜」(写真提供:株式会社和える)
“aeru room” 第三話 奈良〜“お庭に泊まる”大和の心を感じるお部屋〜
(写真提供:株式会社和える)
“aeru room” 第四話 京都 〜丹後ちりめんのお部屋〜(写真提供:株式会社和える)

──また後ほど伺いたいのですが、2018年に「aeru school」という教育事業も始められています。在庫を抱えるリスクを考えると、少ない資金でも始められるスクール事業から始めてもよかったのではと思うのですが。

創業のタイミングで、すでにアイデアとしては複数の事業アイデアが浮かんでいました。そのなかで、一番本質的な事業、つまり和えるが生まれる所以を示すのはいったいどの事業だろうかと考えました。

その結果、まずは“0歳からの伝統ブランドaeru”を最初の事業にすべきだと判断しました。和えるという会社が生まれた理由を、そのまま体現してくれるからです。

生まれたときから自国の文化や伝統に出会ったり、人が心をこめて生み出すものと長く人生を共にしていくという経験は、やはり1日でも長いほうがいいなと思ったのです。

次世代に伝統をつなぐための教育事業

──再度、スクール事業についてお聞きしたいのですが、なぜ創業から7年の時間を待つ必要があったのでしょうか。

理由は2つあります。1つは、教育事業の必要性を強く感じたのが、創業からおよそ5年が経った頃だったというものです。

“0歳からの伝統ブランドaeru”の商品を購入し、子どもたちに贈ってくださるお客様というのは、ある一定、ご理解のある方だと思います。

その一方「なんで職人さんが生み出したものを贈る必要があるの?」「子どもはすぐに大きくなるんだからなんでもいいじゃないか」という思考をお持ちの方には、なかなか出会えません。

仮に出会えても「高いですね。」と、価格に気を取られてしまう方が多いです。本当は誰しもが豊かな感性を秘めているのですが、経済一辺倒の社会で生きていると、ついつい忘れてしまうのだと思います。

いずれにしてもこのまま継続すると「わかる人だけがわかるブランド」になってしまいます。周囲の大人たちの選択により、伝統に出会える子と出会えない子が出てしまいます。

このままではいけない、その前の部分に着手しなければ。その想いが積み重なり、aeru schoolは誕生しました。

──2つめの理由というのはなんでしょうか?

“aeru school”の前身となるイベントやワークショップはすでに始めていたのですが、知見や経験を統合し、教育プログラムとして完成したのが2018年でした。

そして、この事業の目指すところは「教育に伝統に関する授業を取り入れていただくこと」です。

自国の文化や伝統を楽しむ、豊かな暮らし方を取り入れていく。そういった機会を提供することで、まずは周囲の大人の好みや関心にかかわらず子どもたちが触れることができます。

高校での”aeru school”の様子(写真提供:株式会社和える)

語学などにしてもそれはツールでしかなく、伝える中身のある人材を育まないことには本質的には意味がないはずです。

知った上で、選ぶか否かはその方次第です。現状は、選択肢すら持っていないのがいまの日本人だと思います。私もそうでした。

それは誰が悪いわけでもなく、特に戦後の社会構造、教育から、自国の文化を伝える仕組みが消えてしまったのだと思います。

まずはもう一度、暮らしの中で自然と、日本の伝統や文化に出会える環境をつくることが大切なのではないか、というのが私たちの考えです。

──まさに今日(2020年10月28日)、経済産業省『未来の教室』STEAMライブラリー事業に和えるが採択されましたとニュースがありましたね!

ありがとうございます。公教育の中の横断的な学びに、日本の伝統を入れるのは創業時からの念願でした。

今回、JAL、ベネッセ、早稲田大学など、名だたる企業や大学が採択される中、ベンチャー企業の和えるに可能性を感じて採択していただけたこと、とても嬉しいです。子どもたちが日本の伝統を通して、心の豊かさに出逢える教材を制作できるよう頑張ります。

事業の継続は、伝統をつなぐ者の責任

──和えるさんは次々と事業を立ち上げるイメージがあります。すでに10の事業と、今後も新規の事業計画がありますが、どのような理由からでしょうか?

これには理由が3つあります。1つは、お客様のライフスタイルやライフステージに応じて、どういった伝統との出会い方が自然なのかを考えていった結果です。

また、経営という面でも、不測の事態に備えて複数のビジネスモデルをもつことが、今回の新型コロナウイルスのような危機が訪れた時も、乗り越えやすいのではとも考えています。不確実性が高い時代、様々な変化に柔軟に対応できる重要性を感じています。

また、社員が常に挑戦をし続けられる場でありたい、という想いも大きいです。飽きのこない会社ともいえるでしょうか。

──社内文化として、挑戦や成長をし続けられるわけですね!

一方、ある意味では、どの事業も同じことをしているという側面もあります。本質は変わらず、伝統を次世代につなぐジャーナリスト集団であるということは、どの事業も根っこにもっています。

和えるでは「伝える職人を目指そう」というのを社内で大切にしています。事実を伝えれば誰もが理解し、誰もが共感してくれるわけではないからです。

事実は同じでありながら、お客様に合わせて一番響く伝え方を自分のなかで瞬時に取捨選択する。

そうすることで、1回の出会いであっても、人生の変容にかかわらせていただける可能性や確率が上がっていくと考えているからです。

ここを常に考え、思考し、努力し、ブラッシュアップし続けることで多くの人により深く、より広く伝わっていくのではと考えています。

そのため和えるでは「感じる力」「観察する力」そして「言語化する力」を大切にしてきました。

和えるファミリー(職人さんや和えるスタッフ)の集まりの様子(写真提供:株式会社和える)

──最後になりますが、今後の伝統産業の新しい担い手(職人)さんの継承問題についてはどのようにお考えでしょうか?

担い手については、間接的にはお役に立てている面もあるかもしれませんが、直接的にはまだ何もできていないと思っております。

職人さんによっては「和えるの仕事があるので、新たに雇うことができたよ」と言ってくださった方もなかにはいらっしゃいました。

ですが最初の10年は「和える君自身が生き残れるかどうかの10年」だと、私自身、創業時から考えていました。

職人さんたちが、皆さんおっしゃるんですよ。一人前には一生なれないけれど、なんとなくわかるのに10年かかると。

ですから私も創業時に、和える君もまずは10年と捉えました。

文化と経済の両輪を大切にしながら、三方良し以上で、伝統を次世代につなぐという3つを守りながら、生き残る。

そこに対し、和える君は頑張ってきてくれたのかなと思います。

──伝統をつなぐ者として、まずは生き残る。

後継者問題や事業承継問題は、非常に深刻化しています。次の10年で私たちが具体的に何ができるのか。次の課題だと思っています。

とはいえ、職人さんを養成することに力を入れるべきかというと、そうとも限りません。

結局は「出口」を生み出すことが大切なんです。「出口」が生み出されれば、おのずと雇用は生まれます。

それに、若い方の中には「職人になりたい」という想いを持った方もたくさんいます。ただ、雇ってもらえない。

雇用を生み出せる状態、つまり、伝統とともに暮らす豊かさを実感している方々を増やしていくことこそが出口を産み出す、本質的な事業承継問題の解決策だと考えています。

私たちができていることはまだまだ微力だと思いつつ、伝統とともに暮らす豊かさを発信し続ける。

幼少期から「感性豊かな暮し手」を多く輩出することが、20年後の市場を生み出すと信じているからです。

「日本の伝統は、人をやさしくする力がある」

だからこそ、伝統が受け継がれ、広がることが、やさしい人が増えることにつながり、おのずと美しい社会の到来へとつながる。

そのために、和える君は生まれてきたのだと思います。

株式会社和える

「株式会社和える(aeru)−日本の伝統を次世代につなぐ−」
「0から6歳の伝統ブランドaeru」オンライン直営店

 

Writer

大崎博之

働き方、生き方のテーマで思想や哲学を追求することに興味があり、これまでに会社員やフリーランス、個人事業から法人設立までさまざまな働き方に自ら挑戦。株式会社ソレナ代表。プライベートでは2児の父でもある。

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